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「頑張って」いるのに上手くなりません

頑張っているのに上手くなりません…
 そりゃ上手くいきません。  僕の日本語認識の中では「頑張る」はあまりいい言葉に感じてません。 」 頑張る=「頑なに張っている」状態であってそれは一方向にゴムを引っ張っている状態です。 だから新しい技を受け入れ、習得するのに向いてない状態と言えます
「こんなに頑張ったのに…」  仕事などで対他人との「頑張り」が求められる状況で方針と内容が間違っていればそれら一切は無駄です。  相手が満足するのであれば全く頑張らなくても評価されます。  簡単に言えば一人で勝手に頑張っちゃだめで相手とのコンセンサス(意見の一致)が大事ということ。
アニメ仕事で言えば新人原画マン(昔の自分)にありがちなレイアウト時に120%「頑張って」、その後全修正くらって完成画面に近い原画作業時にやる気が半減…  手を抜くのとは違うがはじめは様子を伺う、提案に留めてむしろ最終画面に向けて演出、作監、視聴者そして自分の満足する接点を狙うのが理想。
「真綿のように水を吸い込む」 は真綿は捉えようがない、ふわふわな状態こそが新しい技術吸収の時に大事。 だから成長の例えに使われます。  頑張る=柔軟性を欠き、何か一つを盲信し、自己陶酔して猪突猛進する。  というイメージがあるので僕は「頑張れっ」て言わない。  「やってみよう」という。

常に自分を疑う 。 勉強頑張れ、部活頑張れ…  子供時代によく言われた美辞麗句「頑張れ」は大人になっても「仕事頑張れ」にとって変わって猪突猛進(盲信)の合言葉として使われている。 しかし今のようにパラダイムシフト(時代転換)期にあって「頑張る」ことは人生に不利に作用することもある
思考と試行を繰り返す 考えながら試す、行う。  くらいのスタンスでまるで迷路を解くようにいろんな道順を試してみる。  頑張っちゃうと行き止まりでなんとかしようとしちゃう。  そっちには何もないとあっさり方針転換。  諦めるのもまた逆に良い意味もある。

自分を喜ばす絵を描く!!

自分を喜ばす絵を描く!!  特に初心者の方はこれが最大の目標です。  なんかやたらとハードルを上げすぎて消化不良になっている印象の方が多いです。  もう少しシンプルにまず「自分を最大限喜ばす」楽しい絵を描いて見ましょう。 空間も表現しようとすると絵は累乗倍に難しくなります

まずは平面空間で描けばいい。  上手くなりたい!! けどその道筋がイバラの道だとしんどくて「やっぱり私には向いてなかった」と途中でやめてしまう。  ハードル上げすぎ、早急に無理にうまくなろうとしすぎ。

自分が描きはじめの頃を思い出すとそんなに難しい絵を描いてなかったように思います。 自分が扱うにすぎる技や道具は最終的に絵が崩壊する元になるのでその時々最大に見栄えがする技しか使ってなかったように思います。  いつも自分の最大限の見栄えを意識してそれが結果として自己満足が最大化します

「空間を描けなければいけない」 「早く上手くならなければならない」  そういう息苦しい〇〇じゃないといけないから一旦自分を解放して…  「最大限ラクして自分を楽しませなければいけない」 くらい気楽にやってみてはいかがでしょうか?  遊び心は絵の最大の目的でありスタート地点です。

手応えの積み重ねの先の成長‼︎  描いてよかったあ‼︎  と心から思う自分の絵への感動があるからまた次も描こうとする。  不本意だったり、自分のモノになってない絵を何枚描いたところでいづれ描くのをやめる。  絵のはじめの観客は自分でまず自分が楽しくなければ他人はなおのこと。

だからとことん自己満が大事。  他人が何を言おうが、他人の技を盗もうが模写しようが自己満に立脚してないと意味がない。  しかしそれはトンがった個性追求とは違う。  個性らしい記号の表層をなぞっただけの表現はつまらない。  本人もコレをみたかったのか謎。  自己満のためには鍛錬がいる。

僕は高校時代はアニメージュのバックナンバー漁りに夢中でした。 とにかく作り手のインタビューが読みたくて仕方なかった。  部活の内申点にはもならず親から褒められるでなくモテるでなく勝手にやってた。  その時の知識がまんま今に活きてます。  本当に楽しいことしか将来残らないです。
桐島部活やめるってよのあの子みたいな感じ。  ネットない、誰も教えてくれない分野で結構詳しくなった。  トッププロの考え方はそのまま…

専門と全体のバランス

専門と全体のバランス
今時ならスペシャリスト(専門)とジェネラリスト(統括)の比較として語られる。 これは絵で言えばディテール(細部)と全体バランスん、流れ、おさまりの話にも繋がる。
人に専門分野を教える時は世の中の社会構造や最終ゴールまである程度提示しないと無責任だと思う。  アニメーターになりましょうと言いつつ、賃金問題を語らないのはおかしい。

朝から晩まで掛け声が聞こえた高校球児達はそのほとんどは社会人野球にすら入れない。 ああいう部活はブラック企業で働くための体力と精神力だけを鍛えてるようにしか見えない。  本人が楽しければ何の問題もないが、全員そうとはどうにも思えない。 一番若い時のいい時間をと勝手に心配してた。

アニメーターにせよ、部活にせよ先の見えない努力は…  「我ら特別自爆隊」  「敵航空母艦ヲ撃滅セリ」 となんか違うんだろうか?と中学くらいから思ってた。  過疎の中学で絶対人数多い学校に部活勝てないのにやる激励会とか戦時中かと思った。  アレとアニメ業界で頑張れの感覚が似てる。

あの学校や部活の異常さはド田舎だからであって遅れているからなんだと中学の時に思っていたが…  大人になって色々経験するとアニメ業界も企業も程度の差こそあれ「盲信」の世界であってそれに反対の意を唱えると一気に非国民扱いされるのはどこでも同じなことに気づいた。

勝ち負けに関係なく楽しむ事を「趣味」という。  勝ち負けが存在しつつ、勝てばある程度食えることを「芸事のプロ」と僕は考えている。 では部活は? アニメ業界はどっちか?  どっちでもなかったらやらないほうがいい。

無限に上手くなり続けるレーンを走れ!!

様々な描き方スタンス=レーン ・斜め顔アップだけ上手く描けるレーン
・木偶人形ベース素体なら全身描けるレーン  ・色鉛筆下書きレーン  ・ラフまでならカッコよく描ける気がするレーン
・透視図法ベースで放射線に翻弄されつつ背景を描いちゃうレーン ・細部ばかりで全体見ないレーン  ・男性なのに腰幅が美少女キャラになるレーン・・・  ・森羅万象を参考に永久に上手くなれる謎レーン
みんな自分の描き方を一度決めると隣のレーンに行くのが怖くなってしまう。 自分の慣れた手法以外を試すと一旦下手に見えるからだ。  しかしそれをしないことにはさらなる成長は望めない。  線を整えた瞬間に絵が下手になるのは「線を整えるレーン」の下にいるからだ。
一つの描き方レーンでいける限界は決まっている。  あるものは伸びず、あるものはソコソコ素人を騙せるレベルまでいける人もいる。  僕が思う最強レーンは… 「森羅万象を参考にしつつ、それを面白い思い込みを織り交ぜてデフォルメできる」レーン。  つまり現実よりもより現実感を持って楽しめる表現。
森羅万象を元に永久に上手くなれる謎レーン  ↑ここへのパスポートとして「最速本」を書いてます。 一応「なんでも」は伊達ではありません。  中身を考えずにシルエットからざっくり取るのは自分の思い込むを介在させないため。 模写デッサンするのに上手くならない人はいちいち自分変換しているから。1件の返信52件のリツイート259 いいね

高校の時にゲームをやってて思ったこと…

高校の時にゲームをやってて思ったこと…  受験が嫌すぎて、ゲームやっているときにふと…  「アレ?現実のレベルは全然上がってない」と思った。 実はこれゲームだけでなく受験勉強、仕事、フォロワー数…全てに言える。  一分野でレベルアップしても他の経験値と連結、統合しないと何の意味もない

学校のお勉強もまた現実のレベルアップに寄与しないからね。  ゲームが低俗で勉強が高級なわけじゃない。  知力、体力、学力、画力、金力、ゲーム力…全てがそう。  一つの仮想ヒエラルキーの中で登っても実は得るものが少なく他の分野に連結統合応用した瞬間に〇〇力は何倍にもなる。

歴史の年号を覚えたところで自分の会社の業績や時代のトレンドを見て先々の趨勢を見れないようでは学力もまた無駄な力になる。 歴史は暗記力を鍛えるものにあらず、過去の人々の在りようを学び未来を予測するための学問だから。

何百億も稼ぐデイトレーダーがみんな羨ましいか? と言う話。  高層マンションの天辺でカップラーメン食べてひたすら画面に向かう人生はあまり羨ましくない。  お金もまた使い方、活かし方、得る過程も含めて人の成長過程の一要素。  学力だけ高いやつ、見た目だけ気にするやつは実は根本の中身は同じ。

一つのヒエラルキーで上にあがることは実は思考停止と一つの価値観を信奉すればいいだけなので結構楽な生き方。  そこから別分野に足を伸ばした瞬間に一番下から始めなきゃいけないのでそれが怖くてみんな一つの山に登ることしか考えなくなる。  たとえその山の頂上に何もなくても引き返せない。

リアルな人体が描ければなんとかなる

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リアルな人体が描ければなんとかなる
自分にどんだけ「才能」がなくてもリアルな人体がサッと描ければ何とか「食いっぱぐれない」だろうと2002年スマホもない大学2年の時に戦略的に自覚していた。
14年間ずっと思っての変遷。描くスピードは10倍以上に当時の自分からしたら今の自分はスーパーサイヤ人の見える。


日付大事。  上手くなる自分そのものも記録、観測の対象とする。  素人目には昔からやっぱり上手いじゃんと思うだろう。 たしかに頑張って線を選んでる感が好感持てる。 でもこれでもプロのアニメーターとしては高いレベルでは結構キツかった。 普通のテレビなら全然行ける。

所要時間もあるとさらに良いです。  とにかく自分を客観的に観測する。

14年間の主な成長の流れ  ・2004〜10年 アニメーター時代→正確に早く描けるように。ポーズ集や自撮りなどで逐一確認。  ・2011〜13年 コンテ演出との兼業時代→より全体を捉える、シルエット、象徴を意識。 ・ 2013〜17年 アニメ私塾時代→他人に教えることで論理的に隙をなくし、躍動感と自由度が増した。
上手くなることが目的じゃいけないのか? いいと思う。  この前の自己満ツイートに関連すれば「DBの孫悟空」はただ強くなることに喜びを感じてた。 でも悟空もいろんな敵が現れて強くなった。  最初の村にいたら強くならなかった。  逆に言えばプロもその程度の敵であって至上の価値があるわけではない。

学校でも職場でもtwitterも気を使う…

学校、職場でも気を使い、twitterも気を使い…  結果、みんな自分の意見が何かわからなくなり、
自分の描きたいモノも曖昧になってしまっている。  明瞭明快は絵を描く際の最良の心構えです。そして自分に正直に。  ただツイートのどこかに誰かへの思いやりは最低限いるかもね。  ただのディスリは品性下劣だけど…。

どこまで嘘をつけばいいのか?  アニメ私塾はもっとマイルドなテイストでフォロワー増やしした方がいいんじゃないですか?と思う人もいるだろう。  しかしそこから誤解して塾生になって実際会って全然違ったら詐欺じゃないですか?  僕を知る人はまんま本人がつぶやいているように見えるらしい。
はじめた会った人は大概は少しtwitter口調よりも優しく見えるようです。  twitter場で曖昧なこと言ってもわからんのでどっちかに振れた意見になりますね。  ツイートの頭に毎回「どっちでもいいけど」って入れてられないでしょ。

誰も見てないものを面白がれ!!  みんなが「面白い」って言う方を見て面白がるのは消費者。  発信する側は誰も見てないけど誰も評価してないけど、全然モテそうにないけど 「これ面白い!!」って勝手に言ってる人。  それで周りを徐々にその面白さに気づかせる人。  勝手に面白がり、勝手に発信してる人1件の返信6件のリツイート44 いいね